身体表現性障害

「身体的原因が見当たらないのに”ある症状”を訴える患者」に対する考え方と対応

身体的な原因が見当たらないのに「ある症状」を訴える患者
鑑別・診断能力の問題
説明不能な身体症状
「身体化」という概念
身体表現性障害の疾患概念
メカニズム・biological psychiatry・治療法
<メモ>
身体表現性障害の治療法
ベンゾジアゼピンはなぜ使用しない方がよいか
 身体表現性障害の治療の原則8か条

●身体的な原因が見当たらないのに「ある症状」を訴える患者

私たちの臨床では、身体的な原因が見当たらないのに「ある症状」を訴える患者に遭遇することがままあります。
たとえば、顎関節症で咬合調整をした直後から頭痛やめまいに悩まされるようになったケースとか、
ある日を境に、顔面に原因不明の強い疼痛が発現するようになり、
神経内科・脳外科・耳鼻科・口腔外科を転々としたが、
異常が見つからないなどというケースです。
これらには、2つの可能性が考えられます。
一つは、医療者側の診断能力が不十分である場合、
もう一つは、精神・心理的な要因が「身体化」すなわち体の症状として表出されている可能性です。

●鑑別・診断能力の問題・・・OFPという分野

従来、歯科医は、診断がつかないと取りあえず「顎関節症」と診断し、スプリント治療を始めるか、
「心因性」と診断して精神安定剤(抗不安薬)を投与することが多かったと思います。
たとえば、「非定型歯痛」と名づけられている疾患があります。
今のところ、「非定型歯痛」の正体は、神経そのものの異常によって生じる持続性神経痛が、歯や歯肉に生じているものであると考えられています。
この場合は、ある特定の歯あるいはその周囲の歯肉に、疼くような鈍い痛みが絶え間なく持続しますので、患者は歯科を受診し、抜髄・根治・歯根端切除・抜歯というコースをたどることが多いようです。
しかし抜歯をしてもその痛みは改善せず、頑固に居座るため、中には骨髄炎を疑ってシンチグラフィーを行ったり、骨髄のバイオプシを行うというケースもあるようです。
この場合は、カプサイシンや三環系抗うつ薬などの薬物療法を行うのが正しい治療法です。
もう一つ、群発頭痛という疾患があります。
正体は血管性頭痛ですが、激しい疼痛発作が片側眼窩から上顎大臼歯部、側頭部にかけて繰り返し生じるため、患者の約半数は歯科を受診します。
しかし歯科医は頭痛についての知識を持ち合わせていないのが普通ですから、抜髄・抜歯・スプリント療法が行われることが多く、頭痛専門医の間でも問題になっています。
このように、歯科を受診する患者の中には、医科的な疾患が原因で症状が口腔顔面部に発現している者が少なからずあるということがわかってきたため、
近年欧米を中心に「口腔顔面痛(OFP)」という分野が発展してきました。
口腔顔面痛専門医は、従来の歯科の領域を越えて、疼痛と医科的疾患について幅広い知識をもち、舌咽神経痛・ジストニー・顔面片頭痛・側頭動脈炎・ギランバレー症候群を代表とするさまざまな脱髄性病変(いずれも口腔顔面部に症状が発現する)などの鑑別診断ができるようトレーニングを受けています。
米国口腔顔面痛学会(AAOP)前会長のGary Heir先生は
「The more we learn about pain, the less psychogenic problems we see」
(疼痛について学べば学ぶほど、「心因性の問題」という結論は少なくなる)といって、安易に「心因性」という診断をしないよう警告しています。

●説明不能な身体症状 Unexplained physical symptoms

しかし、臨床では、疼痛性疾患に精通した専門医が注意深く診査・検査を行っても、
その患者が訴える症状に見合う身体的原因が見当たらないというケースにたびたび遭遇します。
これは歯科に限ったことではなく、どの科でも同じで、
医学論文では「Unexplained physical symptoms(説明不能な身体症状)」という言葉で表現されるようです。

●「身体化」という概念

心因性の問題が「身体化」して、さまざまな体の症状として表出するという現象は、
実際は非常に高い頻度で生じています。
これは米国精神医学会の精神疾患分類であるDSM-IVでは「身体表現性障害」という精神科的疾患として分類されています。
罹患率についてはさまざまな報告がありますが、どれも共通して、「全外来患者の20%程度」という結果です。

●身体表現性障害の疾患概念

身体表現性障害とは、一言でいえば「身体疾患を模倣する精神疾患」です。
DSM-IVにおける定義と下位分類は以下のとおりです。
身体表現性障害の下位分類
1、身体化障害
2、鑑別不能型身体表現性障害
3、転換性障害
4、疼痛性障害
5、心気症
6、身体醜形障害
7、特定不能の身体表現性障害
口腔顔面痛外来では、下記がよく見られます。
顔面の痛みを訴える疼痛性障害
さまざまな不定愁訴を訴える鑑別不能型身体表現性障害
咬合の違和感を執拗に訴える心気症
目が回って歩けない、著しい開口障害など、感覚神経・運動神経の異常(神経学的症状)を訴える転換性障害
それぞれの診断基準はここをクリック

●メカニズム・biological psychiatry・治療法

雑誌「メディカル・トリビューン」(2001年5月3日)に「身体表現性障害とはなにか」というタイトルの座談会が掲載されました。
山梨医科大学の神庭重信教授、杏林大学の田島治教授、慶応の山田和男先生など、本邦の代表的な専門医が身体表現性障害についてディスカッションしておられ、大変興味深い内容の記事です。
この中に、「身体表現性障害は、生物学的な基礎のあるれっきとした疾患である」という表現があります。これは「身体表現性障害は、セロトニン系神経ネットワークの異常によって生じる疾患である」という認識からの発言だと思われます。
現在の精神神経医学は、biological psychiatryという考え方がベースになっています。
これは、おおまかに言えば「すべての精神疾患は、neurotransmitterやレセプターなどの神経ネットワークの異常か遺伝子の異常によって生じている」という考え方で、
大胆にいえば、「心の病気とはいっても、つまるところ体の病気」という考え方です。
19世紀から20世紀前半の、まだ治療薬が未発達だったころの精神医学では、治療法に選択肢がなく、精神療法(支持的精神療法や精神分析など)が治療の中心でした。
したがって当時の精神医学は、治すための医療というよりは、疾患を分類したり心理分析を行った
りすることが学問の中心でした。
しかし現在のbiological psychiatryの中では、神経伝達物質や遺伝子が研究の中心になっており、「心の病気とはいっても、つまるところ体の病気」という考え方の延長から、将来は薬物や遺伝子治療で、精神疾患を治せるようになるだろうと考えられています。
*身体表現性障害の専門医である磯部潮先生が、PHP新書から
「体にあらわれる心の病気・・・”原因不明の身体症状”との付き合い方」という本を出版されています。
身体表現性障害について、かなり専門的に書かれた本で、非常に勉強になります。
この本の中で、磯部先生も「心の病気とはいっても、つまるところ体の病気」という考え方について、以下のような記述をされています。
(以下引用)
“DSM-IVの第3軸は「一般身体疾患」。
これはDSM-IVになって初めて作成された用語である。
なぜ「身体疾患」ではなく「一般」がつくかは、
精神疾患といっても中枢神経系の「身体疾患」である可能性が高くなってきたため、
従来の身体疾患を指す呼称としてわざわざ「一般身体疾患」という用語を作った。
ここでいう「一般」とは「伝統的に認められてきた」という意味であり、
「一般的でない身体疾患」に、やがては精神疾患も含まれるようになるかもしれない。”

●身体表現性障害の治療法

<薬物療法>

身体表現性障害、人格障害、摂食障害などはすべてセロトニン系神経ネットワークの 異常によって生じると考えられています。
(特に摂食障害がセロトニンの異常に起 因することは、ほぼ判明している。)
したがって、治療にはベンゾジアゼピンではなく、
三環系抗うつ薬(トリプタノールなど)やセロトニン1A受容体アゴニスト(セディール)、SSRIなどのセロトニン系薬物の使用が推奨されています。

<カウンセリング>

身体表現性障害専門医は、「患者には初期に”身体表現性障害”である旨を伝えたほうがよい」と考えているようです。
先ほどのメディカルトリビューンの記事の中では、3人の先生が全員「初診時に診断名を話す」ことで意見が一致しているとのことです。
患者への説明では、ストレスや精神的なものに起因する可能性がある、と「示唆する」のは逆効果だそうです。
なぜなら、患者はいままでさんざん「気のせい」「ストレス」などといわれてきたので、そういうあいまいな話はもう聞きたくないという気持ちになっているからとのこと。
したがって、言い方としては「示唆」ではなく「身体表現性障害という病気があり ます。
(身体表現性障害について説明する。)
あなたの場合は、この病気です。」とむしろ断定的に言う方がよいようです。
ストレスが原因で身体表現性障害が生じたという言い方ではなく、
まず身体表現性障 害について説明し、その後で、心因性であることの証拠として、
「あなたの症状(疼痛など)もストレスと比較的パラレルに動くはず」と話すとよいでしょう。
この場合、「ストレス=心理的=精神科」と思わせすぎないことが大事なので、
「ストレスというのは、心理的なものだけではなく、暑さ、寒さ、天候などもストレッサーである」ことを話しておくことがポイントです。
次回診察日までの間に、患者が、自分の症状がストレスとパラレルに動くことに気づ くと、
患者自身が心因性であることを認めやすいようです。
(順序が逆になると、患者が話を聞いてくれなくなるので注意。)

ただし、心気症は例外ですので、注意が必要です。
心気症の患者は、自分の病気は身体疾患であるという信念が強いため、
心因性という ことに猛烈に反発する傾向にあります。
心気症の場合は、医師―患者関係が確立されるま では、
診断名(心因性であること)をはっきり言わない方が良いようです。
(顎関節症で「噛み合せがおかしい」と信じ込んでいるような症例では、
その信念を 変えることが非常に困難なことは皆さんご経験済みのことと思います。)

患者に「それでは身体表現性障害の原因はなんですか?」と聞かれたら:
前述したように「脳内のセロトニンという物質の出が悪くなっている」または「脳内のセロトニンという物質に関連するネットワークがきちんと働かなくなっている」と説明するとよいでしょう。
そうすれば患者は、「心の病気」と言われてもそれほど反発を感じず、また薬に対するコンプライアンスもよくなります。「セロトニンを増やすことによって、きちんとネットワークが働くようにするため」と説明すると、ちゃんと服用してくれるようになります。(基本的には、三環系抗うつ薬を第一選択とする。)

●ベンゾジアゼピンはなぜ使用しない方がよいか(原因療法・依存・耐性)

たしかにベンゾジアゼピンは、最初の数週間はよく効く事が多いと思います。
しかしこれは対症療法で、患者の不安が緩和されたり、よく眠れるようになって体調が改善されたためにすぎないと思われます。
「ちょうど肺炎の患者に解熱剤を投与すると患者は楽になるが、原因である肺炎は改善されていない」というのと同じで、原因療法ではありません。
第一選択はあくまで、三環系抗うつ薬などのセロトニン系薬物です。
とはいっても、急性の身体表現性障害の場合にはベンゾジアゼピンが有効な場合があります。
ベンゾジアゼピンを処方する場合には2週間をめどにし、
これで効果がない場合にはセロトニン系薬物に切り替える必要があります。
もう一つ大事なこととして、ベンゾジアゼピンには常に依存と耐性というリスクがあることを認識している必要があります。
依存は、高力価・短半減期のベンゾジアゼピンほど起こりやすい問題です。
デパスは頓服で使用する分には非常によい薬ですが”高力価・短半減期”の代表で、
1日3錠(1.5mg)を分3で投与すれば、高い確率で依存を生じる可能性があります。
つまり薬が切れてくると、イライラしたり、気分が落ち込んだりするため止められなくなることがあります(退薬・離脱症候群)。
また、「あれを飲むとよく眠れるので、また処方してください」と患者にねだられやすい薬でもあります。これは、やがて「あれがないと眠れない」という気持ちにすり替り、依存の状態を引き起こします。
耐性については、使用しているうちに、薬の有効時間や効果が短くなってくることで患者自身が実感していることが多いようです。
日本では、ねだられてじりじりと薬の量をふやしてしまう医師が非常に多くいるようで、
一日数十錠という信じられないような量の抗不安薬を服用している患者にお目にかかることがあります。
いったん、依存や耐性が形成されると、患者は医師に薬物をねだるようになります。
開業歯科では、長期にわたる薬物の処方ができない仕組みになっていますので
このような問題は起きないだろうと思われがちですが、実はそうではありません。
患者は、内科などを受診して抗不安薬を処方してもらうようになります。(日本の医師は、非常に気軽に抗不安薬を処方します。日本での抗不安薬の消費量は、米国の8倍というデータがあります。)
それでも量が足りないと感じると、数件の医院を掛け持ちで受診して必要な量を入手するという患者も少なくなく、筆者も実際に経験したことがあります。
抗不安薬は、正しく使えば非常によい薬ですが、実際の使用に当たっては、諸刃の刀であることをきちんと認識しておく必要があります。
*最後に、体表現性障害と抗不安薬の使い方についての詳細を知りたい方は、 「ザ・クインテッセンス」2000年4・5月号の山田和男先生の記事「身体表現性障害とはなにか(上・下)」を参考になさってください。

●身体表現性障害の治療の原則8か条

1.「治癒」を期待しないこと
2.患者が症状をコントロールできるよう,援助するように心がけること
3.患者との面接は短時間で頻回でもかまりないが,必ず定期的な予約とすること
4.薬剤は、穏やかな作用のもの(抗ヒスタミン薬.ビタミン剤、漢方薬など)を中心に用いること
(医師が患者を見放していないという証拠にもなるので投薬も必要である)
5.不安が強いときなどの一部の例外を除いて向精神薬(ペンゾジアゼピン系抗不安薬)を用いないこと(薬物嗜癖に陥る可能性がある)
6.患者自身がストレスを自覚することを手伝うこと
7.ただし、治療同盟を築くまでは、安易にストレスと症状とを結びつけないこと
8.家族との治療協力を得ること.また,治療を妨げるような敵意(家族、親類、テレビのワイドショー、、他の医療関係者)に巻き込まれないように助言すること。


*山田先生の「身体表現性障害」の記事からの引用です。
原稿提供:清水市立病院口腔外科 井川雅子 (2001.08.22)