疼痛性障害

<疼痛性障害とは何か>

文責 井川雅子・山田和男

口腔顔面痛外来を受診する患者さんの多くが、「疼痛性障害」です。けっして珍しい病気ではありません。しかし、専門医が少ないため、なかなか診断がつかず、あちこちの病院を転々としてくる患者さんが多いです。中には病院めぐりで蓄積されたレントゲンを3Kgも抱えて受診する方もいます。

疼痛性障害は身体表現性障害(*)の一種で、「一見身体疾患のようにみえるが、いくら検査を行っても、症状の原因と思われる所見がない」ときに診断される病名で、精神疾患に分類されています。しかし、この病気で生じる痛みは「気のせい」などではなく、現実の痛みで、しかも激しい痛みであることが多いのです。

精神医学が発達した現在では、精神疾患は、「心の病気」というより「脳という臓器の病気」だと考えられるようになっています。ある神経伝達物質が過剰に放出されたり、不足したりすること、ある遺伝子に異常があることなどが、精神疾患の原因だというわけです。

<原因>

さて、本題の「疼痛性障害」は、脳の中にあるセロトニンという神経のネットワークがうまく働かなくなっていることが原因だと考えられています。したがって、どんなに痛がっていても、末梢に対する治療(手術、局所麻酔やブロック、普通の鎮痛薬)は、ほとんど効果がありません。むしろ、痛みに過敏になっている脳を刺激して、痛みを悪化させることのほうが多いのです。

<治療>

1、薬物療法(抗うつ薬)

治療にはセロトニン系神経を調節する効果のある薬を使います。代表的なものは「抗うつ薬」です。うつも(疼痛性障害とは全く別の病気ですが)脳内のセロトニン系神経の機能不全で生じる病気であり、「抗うつ薬」=「セロトニン系神経ネットワークの調節剤」なのです。

この「抗うつ薬」を疼痛性障害に転用すれば、7-8割の患者さんで痛みが消えます。

反対に、「精神安定剤」や「睡眠薬」(ベンゾジアゼピン系の薬)は、ほとんど効果がありません。むしろ、依存性や耐性の問題がありますので、「疼痛性障害」の患者さんは、これらの薬を極力控えるべきであるというのが、米国精神医学会のコンセンサス(総意)です。

2、精神療法

薬では、どうしても症状がとれない、あるいは、いったんは疼痛が消失するが繰り返し再発する、というときには、環境や精神的な要因が強く関与していることがあります。特に家族の中に、患者さんの疼痛を長引かせてしまうような影響を与える方がいる場合が少なくありません。

このような場合には、家族を含めてお話をお聞きし、精神療法を行うこともあります。

<患者さん自身がすべき努力>

疼痛性障害患者の治療の主要なゴールは、病気を理解し、検査を繰り返したり、不必要なはずの薬や手術をあえて受けることにより生じる合併症を避けることです。

National Football Leagueのプレーヤーのように、人は「痛みがあってもプレーする」方法を学ばなくてはならない。:自分の行動に責任を持ち、どこかに自分の苦痛を完全に取り除くことができる医師や薬・外科治療があるに違いないという過剰な期待を捨てること。痛みは薬で緩和するかもしれないが、完全に消失しなくても、痛みと共存する方法を身につける必要がある。

疼痛緩和よりも社会復帰を、すなわち痛みの強さにばかり気を取られず、普通の生活を取り戻すことの重要性を認識する。(痛みを理由に、予定された行動をキャンセルしない。家事や仕事は、今までどおり行うこと。)

習慣性のある不必要な薬(精神安定剤や睡眠薬)を止める:もしその薬に効果があるはずなら、いつまでも服用していないはずである。

•うつではないが、三環系抗うつ薬(トリプタノール)は有効である。

•何かに気を取られたり、集中しているときには痛みを感じていないことが多いと思います。そのような作業を見つけ出し、痛みから気をそらせるよう努力してください。痛みのことを考え続ければ考え続けるほど、状態は悪化します。

<患者さんの家族がすべき努力>

* 疼痛性障害の痛みは、患者さんの脳が感じている痛みで、本物の痛みです。仮病扱いして、患者さんを責めるのは筋違いです。

* 患者さんに、「まだ治らないのか」とか「我慢できないのか」というようなプレッシャーを与えるのは逆効果です。ストレスは疼痛を、一層悪化させます。

治療を妨げるような事をしない。(第一選択は、抗うつ薬による薬物療法です。中途半端な知識で、抗うつ薬の減量を忠告したり、他の習慣性のある薬や健康食品を勧めたりしないこと。)

患者さんをいたわりすぎることも、痛みを悪化させる可能性があります。患者さんが自分でできること、今までやってこれたこと(家事など)は、患者さんに任せてください。毎日痛みについて長々と話を聞くことは、患者さんの意識を痛みに集中させるため、逆効果です。必要以上に痛みを家族の話題にしないことが重要です。


*身体表現性障害

“身体表現性障害(Somatoform Disorders)”とは、身体疾患を模倣する疾患(ただし詐病を除く)をいう。具体的には、適切な臨床検査などの検索(例えば、胃部不快感を訴える患者に対する内視鏡検査や胃X線透視造影検査など)を行っても、症状を説明できる所見がないときに診断される精神疾患である。かつては、自律神経失調症、不定愁訴、神経衰弱、ヒステリーなどと呼ばれていた疾患の多くが、現在では身体表現性障害であったと考えられている。また、冷え症、肩こり、不明熱、慢性疼痛、慢性疲労症候群などと診断されるものの多くも、身体表現性障害に含まれるであろう。歯科・口腔外科領域においては、顎関節症や舌痛症・顔面痛の多くが身体表現性障害と診断されると考えられる。

(山田和男「身体表現性障害とはなにか?」(2000年「ザ・クインテッセンス」4月号)より引用)