三環系抗うつ薬(TCA)の使い方

OFP的三環系抗うつ薬(TCA)の使い方
三環系抗うつ薬は、「慢性疼痛」の治療薬としてもよく知られている。
「慢性疼痛」といういい方は曖昧だが、器質的要因neuropathic painと精神・心理的要因がないまぜになった痛みと解釈してよいと思う。

口腔顔面痛で扱う疼痛も、neuropathic painなのか疼痛性障害(身体表現性障害)なのかの鑑別がつかないことが多い。しかしながら、どちらの疾患にもTCAはfirst line drugであるから、診断がつかないままTCAで治療を開始することが多い。
従来、慢性疼痛にTCAを使用する場合は、うつで使用する量よりずっと少なくてよいと信じられてきたが、evidenceがあってこういわれているわけではない。
「カプランの精神科薬物ハンドブック第3版」では、慢性疼痛の治療にも、うつに準じた量の抗うつ薬の投与が推奨されている。ましてや、「身体表現性障害の疼痛性障害」であるならば、うつに準じた量の投与が必要である。
トリプタノールの吸収や代謝には個人差があるため、TCAを同量投与しても、血中濃度に30-50倍の開きがみられる。したがって、治療の原則は「明らかな改善が得られるまで、または強い副作用が出るまではゆっくりと増量すべき」である。
具体的には、150mgまでは使うこと。
疼痛性障害の場合は、山田・井川のリエゾン外来での経験では、トリプタノール50-150mgの間で奏効することがほとんどである。トリプタノールいは用量依存性があり、125mgで効果がなかったものが、150mgに増量して2-3週間したら突然疼痛が消失したということが起こりうる。

反対に、150mgで効果も副作用もないヒトは、250mgまで増量してもやはり効果も副作用もないことが多いようである。

特に疼痛性障害で何年も医療機関を転々としてきた患者は、トリプタノールに反応しにくく、最初から50mg服用させても全く平気なことが多い。初期投与量に対する反応で、反応しにくいと思われる場合は、最初から150mgまで増量することを念頭において適切にTCAを増量していく必要がある。さもないと、低い用量で足踏みをして時間を無駄にすることとなる。効果がなく、薬の増量もないという状況は、患者の不安を非常に増幅させる。

投薬前には、ベースラインの心電図をとる必要がある。ここで、隠れた心疾患が見つかることが意外に多い。100mgまでは、心配せずに増量できる。

しかし、150mgを越えたら、QT延長が認められることがあるため、2週間ごとに心電図でモニターしながら増量する。実際には、150mgで効果も副作用もないヒトは、250mgまで増量しても心電図的に何も問題が起こらないことがほとんどである。(むしろ、吸収されていないのではないかということが懸念される。)

教科書・文献にみるTCAの使い方
以下、3種類のテキストからTCAについての記述を引用する。
TCAに関しては、”プロキロ”という概念は当てはまらず、欧米人も日本人も同様な使い方ができると考えてよいようである。
1、「カプランの精神科薬物ハンドブック第3版」

投与量と臨床ガイドライン
イミプラミン,アミトリプチリン,ドキセビン,デシプラミン,クロミプラミン,トリミプラミンは,1日75mgから開始することができる.(略)
2週間目には1日150mg,3週間目には1日225mg,4週間目には1日300mgまで増量できる.

臨床上最も起こしやすい過ちは,患者に1日250mg未満しか投与していないのに,臨床上の改善がみられないという理由で,増量をやめてしまうことである.そのために,治療反応がさらに遅れ,治療のやり直し,さらには薬物の時期尚早の中止という結果すら生む。
投与量を増量するときは,脈拍数や起立性の血圧低下度を定期的に測定すべきである.
ノルトリプチリンは,投与量を1日50mgから開始し,1日100mgの低用量でも反応しな
ければ,3~4週間かけて1日150mgまで増量する.アモキサピンは1日150mgから開
始し,1日400mgまで増量する.プロトリプチリンは1日15mgから開始し,1日60mgまで増量する.

慢性疼痛患者では、TCAを開始した際に、特に有害作用に敏感である可能性がある。
それゆえ、治療は低容量から開始し、少量ずつ増量していく。しかし慢性疼痛患者では、1日10-75mgのアミトリプチリンやノルトリプチリンなどによる、低用量で長期間の投与によって、症状の軽減を経験することがある。
(監訳者の山田によれば、「慢性疼痛には低容量でよい」という意味ではなく、「低容量
で症状が軽減することがある」という意味だとのこと)

血中濃度と治療薬物モニタリング

吸収や代謝には個人差があるため、TCAを同量投与しても、血中濃度に30-50倍の開きがみられる。(プロキロの概念があてはまらない。)
(なお、トリプタノールの血中濃度測定は、日本では保険適応がない。)

2、「カプラン:臨床精神医学テキスト」
疼痛性障害の治療(p387)

疼痛性障害には、アミトリプチリン、イミプラミン、ドキセピンといったような抗うつ薬は、有効である。
抗うつ薬が抗うつ効果によって痛みを緩和するのか、あるいは独自に(下降性疼痛抑制系を刺激することによって)直接鎮痛効果を働かせるのかは、論争中である。

予備的な資料では、セロトニン系抗うつ薬(例えば、クロミプラミン、フルオキセチン)もまた、疼痛性障害患者の疼痛を緩和すると指摘されている。これらの作用薬の奏効は、セロトニンがこの障害の病態生理学上重要であるという仮説を指示している。
3、文献からの引用
Clin J Pain. 1997 Dec;13(4):324-9.
Utilization patterns of tricyclic antidepressants in a multidisciplinary
pain clinic: a survey.

<なぜ慢性疼痛にTCAが使われるのか>

1) 1日1回の服用でよい

2) 150mg以下ではintensiveなモニタリングは必要ない

3) 漸増していく分には、重篤なsystemic toxicityの可能性はきわめて低い

4) 副作用の一つである鎮静は、慢性疼痛患者には有利に働く

5) 慢性疼痛患者にはうつが合併することが多く、TCAを使うことで薬剤を追加し
ないで済む

6) TCAでは依存が生じないまま長期使用が可能である

7) NSAIDsや抗てんかん薬の長期使用で生じるような副作用がない
<ディスカッション>

●TCAの多くは適切な使い方をされていない。

●TCAがfull doseまで増量されることは稀で、副作用も効果も得られないのに、漫然と使われているというのが現状である。

●うつで使用する場合、低用量では反応しなかったのに、増量したら効果が出たという
のはよくあることである。(ノルトリプチリンはtherapeutic windowがあるため話は別。)

<TCA使用に関するrecommendation>
 (未は本邦未発売の略)

1) 年配または虚弱な患者で、抗コリン効果に耐えられなかったり、起立性低血圧がおこりやすい患者には、デシプラミン(未/既)か、ノルトリプチリン(ノリトレンR)を使用する

2) アミトリプチリン、イミプラミン(トフラニールR)、ドキセピン(未)、クロミプラミン(アナフラニールR)は、若い患者にもっとも適している。特に不眠を伴う場合には効果的である。

3) TCAは45歳未満の患者の場合、就寝前25mg(ノルトリプチリンなら10mg)で開始する。45歳以上の場合は10mgから。

4) 副作用は患者教育や、賢明なTCAの選択、ゆっくりと増量することによって、最小限に押さえることができる。

5) 朝、起きるのが大変だったら、就寝前ではなく夕食時に服用させるようにすると良い。

6) 体重増加が問題になる場合には、患者に運動するよう勧める。または、TCAを減量してSSRIを加える(朝)。この方法は長い間使われてきたが、検証されているわけではない。ただし、SSRI(セルトラリン(未)、とくにフルオキセチン(プロザックR)とパロキセチン)はTCAの血漿レベルをあげるので、注意が必要である。(危険なので、基本的にはTCAとSSRIの併用をしてはいけない。)

7) 強い抗コリン効果で耐えられない場合には、抗コリン効果の弱いTCA(ノルトリプチリンかデシプラミン)に変更すると良い

8) どのTCAも同じ効果があるというわけではない。どの患者においても、もし最初のTCAで効果が得られなくても、2番目、3番目のものを試してみる価値がある。

9) すべてのTCAにはcardiac quinidine様効果がある。したがって、心臓になんらかの症状をもつ患者と45歳以上の患者は、全員ベースラインのEKGをとる必要がある。相対的禁忌になるのは、虚血性疾患、最近の心筋梗塞、心室性不整脈、QT延長、さまざまな伝導異常(特に左脚ブロックや心房細動)である。

10) TCAは、ほかの神経因性疼痛の薬と併用することができる。
フェニトイン、カルバマゼピン、バルプロ酸、ギャバペンチン、クロナゼパム、バクロフェン、NSAIDsなどの。

11) 最後に:増量について
明らかな改善が得られるまで、または強い副作用が出るまではゆっくりと増量すべき
である。本研究でも、外来患者の54%において、効果が出ていないにもかかわらず、適切な増量が行われていなかった。


TCAの副作用

*抗コリン作用(ムスカリン性アセチルコリン受容体の阻害)
口渇、便秘、尿閉(膀胱括約筋の調節障害) 、ねむけ、
かすみ目(ピントの調節障害 )

*抗ヒスタミン作用(H1,2ヒスタミン受容体の阻害)
抗H1:口渇、ねむけ
抗H2:食欲増進、体重増加

*抗アドレナリン作用(α1アドレナリン受容体の阻害)
鎮静、血圧低下、めまい、立ちくらみ、ねむけ
(TCAのうち、アモキサピンは抗D2作用をもつため、妄想を抑えるが、錐体外路症状や高プロラクチン血症(乳汁分泌)などを生じる)