心因性疼痛
すべての疾患は、精神・心理的要因の修飾を受ける
疾患を考えるときには、必ず身体的側面と精神的側面の両方から評価する必要があるというのは、現在では常識である。このため、AAOPは疾患を2軸で評価する方法をとっている。(AAOPの2軸は、1軸が身体疾患、2軸が精神疾患。DSMの5軸診断とはまた別なので、混同しないように。)
AAOPの2軸は、DSMの診断基準と分類を採用しているので、口腔顔面痛・顎関節症専門医は、DSMを理解している必要がある。
DSMとはなにか
現在,わが国をはじめ多くの国々で用いられている精神疾患の診断基準のlつに、米国精神医学会が作成した『精神疾患の診断・統計マニュアル第4版』 (Diagnostic and Statistical
Manual of Mental Disorders – Fourth Edition ; DSM- IV)がある。これは,患者の精神症状やその他の随伴症状を手がかりに精神疾患の診断を行うための基準(診断基準)であり、1952年(DSM-I)、 1968年(DSM-II)、1980年(DSM-III)、1987年(DSM-III-R)の改訂を経て、1994年に発表された第4版が『DSM-IV』である。
この『DSM-IV』では、操作的診断基準と多軸診断による評価システムが採用されているため、精神科専門医でなくてもある程度診断できるようになっている。診断基準は主要症状、社会適応状態,持続期間,鑑別診断などの項目に分頬されていて、患者の既往歴や現症を照らし合わせ、該当項目を満たすことによって確定診断を行うものである。
また, 『DSM-1V』と同様に広く用いられている診断基準にWHOによる「国際疾病分頼第10版』 (lCD-10)があるが、これはDSM-III-Rと類似した疾患分類法を採用しているため,『DSM-IV』とほぼ同様の分類となっている。 なお,、『DSM-IV』は日本語版も出版されている。
(山田和男:日本歯科評論 Vol.62 No.2 (2002 -2))
「DSM-Ⅳ」の5軸珍断
DSM-IVでは以下の5軸による多軸診断を行う。
第l軸:臨床疾患
第2軸:人格障害,精神遅滞
第3軸:一般身体疾患
第4軸:心理社会的および環境的問題
第5軸:機能の全体的評定
第1軸は臨床の精神疾患を.第2軸では人格障害と精神遅滞について診断する.第3軸は一般身体疾患で.歯科疾患では顎関節症やう歯等がここに含まれる.第4軸では”ストレスがどの程度あるか”を記載する.第5軸はいわゆるQOLの高さで,精神症状がQOLに大きな支障をきたしている患者もいれば、精神症状は出ているがQOLはほとんど落ちていない患者もいるため、100点満点による機能評価(GAF.生活していくうえでのファンクションがあるか)をするものである。 (山田)
●5軸診断の一例
第l軸:296.32 大うつ病性障害.反復性.中等症
第2軸:30l.83 境界性人格障害
第3軸:顎関節症
第4軸:家庭内の不和
第5軸:GAF=45(現在)
(山田和男:日本歯科評論 Vol.62 No.2 (2002 -2))
TMDにも多軸診断が必要
TMDは特に心理的要因の影響を受けやすい疾患であるため、診断もbio-psycho-social model(身体―精神―ストレス)の多軸で行うというのが、欧米の常識である。
TMD/OFP専門医の頭の中にある5軸診断
TMDは特に心理的要因の影響を受けやすい疾患であるため、診断もbio-psycho-social modelで行うというのが、欧米の常識である。すなわち「身体・精神・社会(ストレス)の多軸面から評価するTMD」ということである。(日本顎関節学会は、いまだにこれを1つの軸(身体か精神か、しかも単独診断)で行っている・・欧米の専門医が首をかしげるところである。)
AAOPが2軸診断を採用していることについては前述したが、実際には多くの専門医は無意識にDSMの5軸診断を念頭において患者の評価を行っていると思われる。
たとえば顎関節症患者に対しては、1身体疾患(顎関節症の程度、筋性か関節性かなど)2パーソナリティ(人格障害の有無/インテリジェンス=説明に対する理解のよさ、服薬時間・量また禁止事項を守れるかなど/性格=わがままで少しの痛みも我慢ができない・アポイントを守らないなど)、3精神疾患(特に身体表現性障害)の有無、4ストレスや心的葛藤の有無、5QOL(現在の症状によってどの程度日常生活が阻害されているか)などを把握しようと努める。特に顎関節症では患者の責任において行わせる認知行動療法を用いることが多いので、パーソナリティを把握しておくことは重要である。
身体化somatizationの概念
「病理的所見によっては説明できない身体障害や症状を体験化し、言語化し、それを身体疾患のせいにして医療援助を求める状態」
身体化を生じる可能性のある精神疾患
身体表現性障害
気分障害(大うつ病性障害など)
統合失調症(旧称、精神分裂病)
人格障害
「心身症」ということば
精神力動学が、疾患特有の心理的葛藤と性格特性を探求した結果生み出された症候群。
しかしながら、近年の疫学的、精神性理学的研究は、どんなストレスも疾患の原因や経過に及ぼす非特異的作用があることを明らかにし、ほとんどすべての疾患において心理社会的因子がもっとも重要な役割を演じていることを見いだした。その結果、「特別な心身症的疾病グループはない」と考えられるようになっている。
● DSMには「心身症」という疾患名はない。あえて心身症を表すには、5軸診断のうち、1軸を316とし、これが影響を与えている身体疾患を3軸に記載する。
(例)
第l軸:316 一般身体疾患に影響を与えている心理的要因
第3軸:顎関節症
これで、この顎関節症は心理的要因により明らかに悪化することが示され、「心身症」であることがわかる。
<診断基準>
316 一般身体疾患に影響を与えている心理的要因
…[一般身体疾患を示すこと]に影響を与えている…[特定の心理的要因]
…[Specified Psychological Factor] Affecting…[Indicate the General Medical Condition]
A.一般身体疾患(第3軸にコード番号をつけて記録される)が存在している.
B.心理的要因が,以下のうち1つの形で一般身体疾患に好ましくない影響を与えている:
(1)その要因が一般身体疾患の経過に影響を与えており,その心理的要因と一般身体疾患の発現,悪化 または回復の遅れとの間に密接な時間的関連があることで示きれている.
(2)その要因が一般身体疾患の治療を妨げている.
(3)その要因が,患者の健康にさらに危険を生じている・
(4)ストレス関連性の生理学的反応が,一般身体疾患の症状を実現させ,またはそれを悪化させている.
読んでおくべき資料
精神疾患と治療薬物について勉強するには、以下の書籍が役立ちます。
<DSM-IVと身体表現性障害>
1)DSM‐IV‐TR精神疾患の診断・統計マニュアル(¥19,000)
米国精神医学会 (編集), 高橋 三郎 (翻訳), 染矢 俊幸 (翻訳), 大野 裕 (翻訳)
医学書院 ; ISBN: 4260118633 ; (2002/02)
*)DSM‐IV‐TR―精神疾患の分類と診断の手引(¥3,800)
上記「DSM-4-TR精神疾患の診断・統計マニュアル」から各精神疾患の診断基準だけを抜粋して小冊子にまとめたもの。
American Psychiatric Association (著), 高橋 三郎 (翻訳), 染矢 俊幸 (翻訳), 大野 裕 (翻訳)
医学書院 ; ISBN: 4260118692 ; (2002/04)
2)カプラン臨床精神医学テキスト―DSM-Ⅳ診断基準の臨床への展開
ハロルド・I.カプラン (編集), ベンジャミン・J.サドック (編集), ジャック・A.グレブ (編集), 井上 令一 (翻訳), 四宮 滋子 (翻訳)
メディカル・サイエンス・インターナショナル ; ISBN: 4895925188 ; (2001/01)
3)身体表現性障害・心身症 臨床精神医学講座
松下 正明 (編集), 牛島 定信 (編集), 小山 司 (編集), 三好 功峰 (編集), 浅井 昌弘 (編集), 倉知 正佳 (編集), 中根 允文 (編集)
中山書店 ; ISBN: 4521491510 ; 6 巻 (1999/01)
<精神科薬物:臨床で薬を使うときの基本中の基本の知識>
4)カプラン精神科薬物ハンドブック―エビデンスに基づく向精神薬療法
Benjamin J. Sadock (著), Virginia A. Sadock (著),
神庭 重信 (翻訳), 八木 剛平 (翻訳), 山田 和男 (翻訳)
メディカルサイエンスインターナショナル ; ISBN: 4895923290 ; 第3版 版 (2003/03)
<精神薬理学:神経伝達物質と受容体>
5)精神薬理学エセンシャルズ―神経科学的基礎と応用
Stephen M. Stahl (著), 仙波 純一 (翻訳)
メディカルサイエンスインターナショナル ; ISBN: 4895923037 ; 第2版 版 (2002/05)
6)神経伝達物質update―基礎から臨床まで
中村 重信 (編集)
中外医学社 ; ISBN: 4498029348 ; 改訂3版 版 (1998/11)