改訂版striking backの訳:三叉神経痛

Chapter 2 (P25-29) ところで三叉神経痛ってなに?

患者と医者双方にとってもっともフラストレーティングなのは、最初の診断の難しさである。他の病気と違い、血液検査やレントゲンなどの検査では診断できないからである。 三叉神経痛の場合は、問診と他の疾患を除外することでしか診断がつかないのである。 三叉神経痛と誤診しやすい他の病気がたくさんあるので、診断は必ずしも容易とはいえない。 特に初期段階では。たいてい(very often)患者は、歯の痛みだと思って最初に歯科を受診する。 ときには、上顎洞炎や群発頭痛、TMDと間違えられることもある。その結果、診断がつくまでに、患者が根管治療や抜歯、上顎洞の手術などの歯科や外科処置を受けて医師から医師を転々とすることは稀ではない。 この期間、どんな治療も奏効せず、検査でも異常が見つからないので、患者は、もしかしたらこの痛みは「気のせい」ではないかと悩むこともある。Pennsylvaniaの三叉神経痛患者で、MVD(微小血管減圧術)で完治したFred Lehmanも「ある医師から、気のせいだと言われた」と話している。 NYのSt. Vincent’s Hospitalの脳外科科長のDr. Richard L. Rovitもその著書の中で、「高度なmedical communitiesにおいてでさえ、発症から確定診断までに非常に長い時間がかかっていることに私たちは驚かされ続けている」(Williams and Wilkins, 1990)と書いている。

なぜ診断に手こずるのか?

三叉神経痛の診断の困難さには理由がある。 まず、三叉神経痛はそれほどcommonな病気ではないため、この疾患についてあいまいな知識しかもっていない医師や歯科医が多いことがあげられる。 一度も三叉神経痛を診たことがない医師もいる。 はるか昔の学生時代に、ちょっとだけ説明を聞いたことがあるといった程度だ。 フロリダ大学歯学部のParker E. Mahan Facial Pain Center所長のHenry G. Gremillion医師は、「もっとも大きな問題の一つは、医師として、われわれは知っている物しか目に入らないということがあげられる(we only see what we know)。」と言っている。

第2に、普通の開業医は、もっとも頻度の高い病気に照準をあわせているので、珍しい物は除外されてしまうという事情がある。 口腔顔面痛を生じうる疾患は、三叉神経痛のほかにも歯痛や顔面片頭痛、上顎洞の炎症など山ほどある。 第3に、三叉神経痛は、初期には「典型的」な症状を呈するとは限らないからである。 典型的な症状になるまで、何週、何ヶ月、何年もかかる例もある。また患者自身が、症状を正確に表現できない(しない)ことも誤診の理由の一つである。 たとえば、瞬間的な痛みが繰り返し生じていることを「持続的」「ほぼ絶え間なく痛む」などと表現することがある。 また、痛みを「bad」とか「terrible」などのあいまいなことばで表現することもある。 話すだけで発作が生じるために、まったく症状を説明できないこともある。 その場合は、通常局所麻酔で発作を止め、その間に問診することになる。 一方、診断を絞り込むためには、発作を直接見るのが一番だという医師もいる。 診断上特に混乱を生じるのは、三叉神経痛の「発現したり寛解したりする性質」である。たとえば、抜歯をしたら(または、義歯を調整したら、スプリントを使ったら)治ったと考える歯科医がいる。 しかし、三叉神経痛が、歯科治療と時期を同じくして寛解期に入るというのはしばしばあることであり、何週間かしたら発作は再発する。 三叉神経痛に寛解期があるのは普通のことであるとはいえ、それだけで三叉神経痛ということもできない。他の病気にも寛解期があるものがあるからである。

患者の2/3が、不必要な治療を受けている

1989-90年の研究で、Cedars-Sinai Medical CenterとUCLA歯学部に勤務するDrs. Steven B. Graff-RadfordとRobert K. Merrillは、彼らが問診した三叉神経痛患者の2/3が、初期に抜歯や根管治療、口腔外科処置、スプリントなどの誤った診断や不必要な治療を受けていると報告している。 多数歯の根管治療や抜歯をされた患者、同じ歯に2度の根管治療をされた患者もいる。 Cincinnatiの神経内科医、Dr. Johan TewとDr. Harry Van Loverenは、1,100人の三叉神経痛を対象とした1988年の研究で、1/3の患者が不必要な抜歯をうけていると報告している。 三叉神経の分枝は、歯の感覚も支配しているので、歯痛が三叉神経痛と混同されることはよくあることである。 Cedars-Sinai Pain Center, head and neck Pain Sectionの所長、Dr. Graff-Radfordは、患者が歯痛(顎の痛み)を訴えて歯科を受診するというのは、三叉神経痛の初期の典型的なシナリオであると話している。 この頃には、まだ典型的な症状を呈していないこともあるからである。 「時間とともに、三叉神経痛になっていく」とDr. Graff-Radfordはいう。「残念ながら、歯科医はこれが進行していくことを知らない。しかし、患者が毎日“この痛みを何とかしてください”とドアを叩くので、歯には異常がないことを知りながら、どうにもならなくなって根管治療をしてしまうのだ。」「痛みに耐えかねた患者の方が、根管治療や抜歯を懇願することもある。 追い込まれてやってしまうことは理解はできるとはいえ、やはりそれは大きな間違いである。」とDr. Graff-Radfordは言う。 彼はこう続けている。 「歯科医は検査やレントゲンで歯科的な原因を確定するまで、非可逆的な治療を行うべきではない。 そうでない場合は、診断が確定するまで薬や一時的なブロックで疼痛を管理すべきである」「もし、つま先が痛いといって受診しても、医師は神経を抜いたりしないだろう。絶対・・百万年たってもやりはしない。 しかし、歯科医は・・われわれはいつもこれをやってしまう。」 それでも、歯科的原因を除外するために、最初に歯科や口腔の専門医を受診することは適切なことだ(口腔顔面痛の原因としては歯痛の方がずっとcommonだから)。 ロンドンのオーラルメディシン専門医のDr. Joanna M. Zakrzewskaは、彼女の著書「Trigeminal Neuralgia(W.B. Saunders Co., 1995)」の中で、「歯科的問題は、三叉神経痛に似た症状を呈しうるし、三叉神経痛の進行に関与する可能性さえある。 したがって、患者は十分な歯科的検査をうけるべきである」と書いている。

Chapter 3 三叉神経痛それとも三叉神経痛じゃないの?(P39-45)

 最初は、三叉神経痛の診断をするのなんか簡単だと思っていた。  しかし、症例を経験すればするほど、診断は複雑に思えるようになる。   Dr. Joanna M. Zakrzewska

ジョーと彼の非定型疼痛 ジョーは右顔面の激しい電撃様疼痛を訴えて病院へ行った。典型的な三叉神経痛と同じく、この痛みは発作のように現れては消え、常に同じ側に生じ、正中を越えることはなかった。 しかしながら、ジョーにはこの発作性の痛みの他に、灼熱生の持続性の痛みも存在した。また、ジョーにはこの発作を誘発できるトリガーゾーンは存在しなかった。 これは典型的な三叉神経痛にはみられない症状である。それでは、これはいったいなんなのだろう? ジョーの痛みはあまりにも激しいので、(中枢の感作により)持続性疼痛を生じたという医師もいるだろう。 ジョーには2つの別の病気があるのだと説明する医師もいる。「三叉神経痛」と「いわゆるatypical TGN(Trigeminal Neuralgia)」が。 また、「三叉神経痛と持続性疼痛(atypical TGN)は、ひとつの線上の対極にある痛み(つまり、ひとかたまりの痛み)」として説明する医師もいる。 なんと呼ぼうとも、この2つのタイプの痛みを一緒に持つ患者は稀ではない。 ある患者は、このスペクトラムの一方の極に近い痛みを持ち、ある患者はその対極に近い痛みをもつという具合だ。

「atypical」を整理する

ミネソタのMayo Medical School神経内科名誉教授のDr. J. Keith Campbellは、「非定型の症例は、典型的な三叉神経痛ほどはよく理解されていないし、治療法もよくわかっていない」、「典型的な三叉神経痛は典型的な治療法(カルバマゼピンなど)によく反応するし、外科的治療の成功率も高い。 もし、あなたが典型的な三叉神経痛にかかっているなら、あまり心配することはない」と言っている。 非定型三叉神経痛や「非定型顔面痛(典型的な三叉神経痛とはかなり異なる痛みの場合に使われる用語)」の原因については議論が多く、また不明なことも多い。 ピッツバーグの神経外科医Dr. Peter Jannettaは、これらは全て典型的な三叉神経痛のバリエーションだと考えている。彼は「非定型の痛みの患者の手術をしてみると、典型的な三叉神経痛と同様、多くの場合血管が三叉神経を圧迫しているのが見つかる。」といっている。 彼はまた、これらの非定型の痛みの患者にMVDを行うと、半数は改善するとも話している。 電撃様疼痛とバックグラウンドの持続性灼熱性疼痛のコンビネーションの患者の場合、外科手術で電撃様疼痛は改善するが、バックグラウンドの疼痛は改善しない。 症状が典型的三叉神経痛から離れれば離れるほど、それは三叉神経痛ではない可能性が高くなると理論づける医師達もいる。 たとえばDr. Campbellは、「電撃様疼痛ではなく持続性疼痛であるなら、三叉神経痛以外の疾患を考えるべきである」、「私は、持続性疼痛のものは、絶対に三叉神経痛の亜型などではないと考えている。これらは、全然別の疾患(separate problems)である。」と言っている。 なにがこの全然別の疾患(separate problems)の原因であるかを突き止めるのは、通常極めて困難である。医師にも、痛みの原因が全く特定できないなどということさえある。

非定型三叉神経痛のhallmarks(顕著な特徴)

非定型三叉神経痛患者は、通常、典型的三叉神経痛患者より若い傾向にある。また、三叉神経痛同様、女性に多い傾向がある。 Dr. Jannettaは、「これらの患者は通常最初の発作を覚えていない。なぜなら、症状は必ず、徐々に現れるからである。 軽度なしびれ感や、その他の感覚脱失が痛みといっしょに生じることが多い。」と話している。 非定型な症例は、頬や上顎に多いが、下顎に生じることもある。三叉神経第1枝に単独で生じることは稀である。 痛みは時に、耳の後ろや後頭部・後頸部などの三叉神経支配領域以外に生じることもある。 疼痛は接触によって生じる場合もあるし生じない場合もある。 しかし、トリガーゾンがある場合には、それが口腔内にあることも稀ではない。(典型的な三叉神経痛では、トリガーゾーンが口腔内にあることは稀である。) この種の痛みの患者は、痛みの性状を、電撃様や穿刺痛ではなく、「鈍痛」「灼熱痛」「拍動性」と形容する。 ロンドンのオーラルメディシンの専門医であるDr. Joanna M. Zakrzewskaは、治療を開始する前に、患者の痛みをMcGill Pain Questionnaireなどで精査することが絶対に必要であると言っている。 その結果は、患者が三叉神経痛と非定型のスペクトラムのどこにいるのかを明らかにする。 局所麻酔や抗痙攣薬に対する患者の反応は、診断を絞り込むのに役立つ。 局所麻酔は典型的な三叉神経痛よりも、非定型のほうによく効く。反対に、抗痙攣薬は非定型のものより、典型的な三叉神経痛のほうによく奏効する。

非定型三叉神経痛の治療

Dr. Campbellは「非定型の症例でも、症状が典型的な三叉神経痛に近ければ近いほど、通常の三叉神経痛の治療が奏効する可能性が高い。逆に、症状が非定型的なほど他の薬が効く可能性が高い。」と言っている。 非定型症例の患者の多くに、抗炎症薬(ステロイドを含む)や麻酔薬の局注が奏効する。また、アミトリプチリン、sertraline、パロキセチンなどの抗うつ薬も奏効する。 (あとは、gabapentinや代替療法などについて。略)

ホンモノが来る前のウォーミングアップ痛

三叉神経痛の場合、「あいまいな痛みで始まり、それがやがて成長して「ホンモノの痛み」になる」ことがあり、このことが診断を混乱させる原因となる。 三叉神経痛の18%が鈍痛(数週間から数か月持続する)で始まっている。この鈍痛は、やがて典型的な三叉神経痛の症状である、瞬間的な電撃様疼痛に変化していく。 しかしそれまでは、その痛みは、非定型顔面痛や他の疾患と間違われやすい。 Sir Charles Symondsは、1940年代にはこの進行に気づいていた。1980年になって、Dr. R. G. Mitchellはこのウォーミングアップ痛を、「pre-trigeminal neuralgia」と命名した。 通常、pre-trigeminal neuralgiaには、“満開”の三叉神経痛と同じ薬が奏効する。 「ホンモノ」が起きてしまったら、その疼痛強度と頻度は時間とともに増悪する。病初期には、数週間から数か月に渡る寛解期がみられるが、痛みが戻ってきたときには、まえよりより凶暴な痛みになっていることが多い。 時間とともに、寛解期と痛みのサイクルは短くなり、発作回数も増加する傾向にある。 日に数ダースの発作にみまわれる患者もいる。

他疾患の除外

三叉神経痛と非定型三叉神経痛を他の疾患から鑑別するためには、注意深い問診と検査が有効である。典型的な三叉神経痛は、症状が際だっているので診断が容易である。 三叉神経痛を知っている人間なら診断を誤ることはない。 典型的でない場合は、ちょっと大変である。 いろいろな科の専門家を受診する必要がある。 フロリダのFacial Pain Centerの 名誉教授Dr. Parker E. Mahanは、「診断は、その痛みが三叉神経から生じているのか、または単に体の他の部分の痛みが伝達されたものなのかを見極めることから始まる。」と話している。 「骨、歯、筋、皮膚、腺などの他の全ての組織は、神経を伝って信号を伝達している。 その痛みはどこから来たのか?」と。これらの組織のどれもある程度三叉神経痛を模倣した痛みを生じうる。つまり、歯痛、顎関節の痛み、血管の障害、顔の腫瘍、上顎洞の炎症・・そしてライム病も神経を損傷する可能性がある。 どうしても原因が特定できない場合は、通常ある特定の疾患に有効な特定な治療法を使って、治療診断をすることになる。 もしそれが奏効したら、あなたは幸運である。もし治療が奏効しなかった場合も、少なくとも一つの疾患は除外できたということになる。 このトライ&エラーの診断法は、医師・患者双方にとって、辛抱を強いるものになる。 しかし、診断のためには、それしか方法がないこともあるのである。

歯科治療との関係

患者にとって、三叉神経痛が歯科治療をきっかけに始まったように見えることもある。 歯科治療は三叉神経痛の原因となりうるのだろうか?歯科医はあなたに、「毎日何千人もの患者が歯科治療を受けていて、ほんのごく少数の患者が三叉神経痛になる。つまり、少なくとも歯科治療は三叉神経痛の主な原因とは言いにくいでしょう。」というだろう。 それではどうして、明らかな関係があるようにみえるのだろうか?これには3つの説明が試みられている。 1,「歯の痛み」と思えたものが、実際は三叉神経痛の初期症状であるという説。いいかえれば、歯の痛みと見えた物は、実はpre-trigeminal neuralgiaであったということである。歯のわずかなひび割れや、軽度の歯髄炎は診断が難しいので、歯科医はそれらの痛みだと判断して歯科治療を行ったが、その後はっきりした三叉神経痛に進行して、診断が確定したという説明。 2,歯科治療が神経を損傷し、そのために三叉神経痛や非定型三叉神経痛様の症状発現したとする説。 3,三叉神経痛が発現する際に、歯科治療が発症を促進する要因として働いたとする説。 「歯の痛み」が本当に歯の問題に起因するなら、その痛みは治療可能である。 また、たとえ本当に微細な神経を損傷したとしても、その程度では時間とともに治癒していく。 しかし、それが本当に三叉神経痛ならば、世界中のどんな歯科治療も痛みを止めはしない。なぜなら、三叉神経痛の原因は血管による神経根の圧迫にあるからである。 根管治療も効果がない、スプリントも効果がない、抜歯も効果がない。片顎全部抜歯されてそれでも痛みが止まらなかった三叉神経痛患者に聞いてみるがいい。