非定型歯痛(非定型顔面痛): 機序と治療法


非定型歯痛・口腔内灼熱症候群(舌痛症)などの、いわゆる「口腔内特発性疼痛」の機序については、研究や議論が現在進行形で行われており、いまだ確定した結論は出ていません。私たちは「脳の痛み関連領域の暴走」だという考え方にもとづいて治療を行っています。詳細は以下の私たちの論文をご覧いただければ幸いです。

(AOは多くの場合三環系抗うつ薬で改善します。関連文献は「口腔顔面痛」→「非歯原性歯痛」→「非定型歯痛」を参照

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  • 特発性疼痛の機序に関する最近の脳科学的研究の知見についての解説、井川 雅子(静岡市立清水病院 口腔顔面痛外来), 山田 和男, 池内 忍、日本口腔顔面痛学会雑誌、7巻1号 Page3-12(2014.12)

①口腔内特発性疼痛のとらえ方と三環系抗うつ薬の効果(三環系抗うつ薬の具体的な使い方について)

非定型歯痛(AO),非定型顔面痛(AF),舌痛症,口腔内灼熱性疼痛(BMS)は,器質的原因がほとんど認められず,心理的要因と強く関連して発症する傾向が高いことから,心因性疼痛,疼痛性障害,Functional Somatic Syndromes,特発性疼痛などという用語が用いられてきた. しかしながら,近年の脳科学の研究から,特発性疼痛のメカニズムの解明が進み,侵害刺激の入力がなくても,心理的要因(情動や認知)や過去の経験などが直接脳に作用して痛覚認知を修飾し,慢性疼痛の状態に陥る可能性があることがわかってきた.また,これらが中枢性の疼痛であることから,抗うつ薬や認知行動療法が奏効する可能性が高いことも示唆されている. 本論文ではこれらの概念と,著者らが行っている薬物療法を具体的に解説する.第一選択は三環系抗うつ薬のアミトリプチリンであり,平均約80mg/dayを使用する.三環系抗うつ薬単独で奏効しない場合でも,抗精神病薬や炭酸リチウム,バルプロ酸ナトリウムなどの追加による増強療法で効果が得られる場合が多い.また,これらの特発性疼痛は再発する傾向があるため,再発予防のためには,疼痛が消失した後も約6か月から1年間の維持療法を行う必要がある. 著者らは,舌痛症やBMSは,AOやAFに比較して治りやすいという印象をもっている.しかし,特に高齢者の難治性の舌痛症の中には,認知力やIQが低下した患者が散見され,数年後に認知症が顕在化する症例もある.治療のゴールを設定するためにも診断時に鑑別が必要であると考えている.

②特発性疼痛の機序に関する最近の脳科学的研究の知見についての解説

口腔顔面部の特発性疼痛には,歯科治療を契機とするものが多いが,侵害刺激が加えられていないにもかかわらず発症するものもある.このような症例の中には,明らかな器質的異常が認められないにもかかわらず,日常生活が続けられないほど重症化する例もまれではない.
このような特発性疼痛は,従来は神経障害性疼痛,下行性疼痛抑制系の機能不全,また中枢の感作などでその機序を説明することが試みられていたが,一方で,近年の脳機能画像研究の発達により,組織損傷が存在しなくても疼痛が発現しうることが明らかにされつつある.すなわち,侵害刺激ではなくても,個人にとって著しい脅威や不快と感じられるような刺激にさらされた場合に,関連する脳領域が過剰に活動し始めることによって,慢性疼痛に陥ってゆく可能性があるということであり,口腔顔面部の特発性疼痛の発症の機序を考える上で大きな手がかりになると思われる.
本稿では,特発性疼痛の機序に関する最近の脳科学的研究の知見について解説を行い,われわれが経験した2症例を供覧する.

症例1:74歳,女性.医師に舌がんを示唆された直後から特発性顔面痛を発症し摂食不能となったため,発症から3か月目に胃瘻を造設した.

症例2:81歳,女性.上顎左右臼歯部に6本のインプラントを埋入した直後から,上顎左側中切歯に特発性歯痛と全身の不全感を発症し,寝たきりとなった.いずれも劇症ではあるが,三環系抗うつ薬により速やかに治癒した.

三環系抗うつ薬の使い方 (スライドショー pdf 1M)